京大院生の備忘録

人との交流が途絶えた大学院生の日々の出来事や考えを遺した備忘録

生態から考察するセミの恐怖

今週のお題「ちょっとコワい話」

失礼します、次田です。
今週のお題に初挑戦します。

今日は、セミのお話。

セミは実は長生きでコワい

ご存知の通り、セミは短命である。
「セミの寿命は1週間」と一般的に言われているが、実際は1カ月ほど生きるそうだ。

成虫期間は1-2週間ほどと言われていたが、これは成虫の飼育が困難ですぐ死んでしまうことからきた俗説で、
野外では1ヶ月ほどとも言われている。 (Wikipedia「セミ」より)

これは、セミはカメムシ目であり、針状の口を樹木に刺して樹液を吸うことでしか栄養を摂取できないため、
捕獲したセミを虫かご内で飼育しても直ぐに死んでしまうから、そのように勘違いされているのだ。


さて、古来の日本では、たとえば『平家物語』の冒頭
祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」
からも解るように、万物は変化するという仏教的無常観に美しさを見出していた。

満開から1週間程度で散ってしまう桜が「もののあはれ」を覚える花として人々を魅了してきたように、
成虫から1週間程度で死んでしまう(と思われていた)セミも同様に哀愁の対象とされてきた。


しかし、実際は上記の通り、彼らは1ヵ月は生きている。
さらに、幼虫として地下で生活している期間は、アブラゼミで約5年間。
何と15年間にも及ぶものもあるとのこと。

15年間と言えば、人間であれば生まれてから高校を卒業するまでだ。
思春期真っ盛りで、様々な出来事があり、沢山の思い出が生まれるだろう。

その間、セミの幼虫は、ただただ土の中で木の根から栄養をもらい、
思い出に残りそうなことは、強いて言えば何度か行う脱皮のみ。

残念なことに、学生時代にひきこもりになってしまう人もいる。
しかし、安全な自室にこもり、何もしなくてもご飯を作ってもらえる人間とは異なる。
地中にもモグラやケラなどの天敵が存在し、菌類とも格闘する必要がある。
成虫として地上に出てきた彼らの姿は、過酷な環境を乗り越えようやく翅を手に入れた勇姿なのだ。


短命だ、あはれだ、と嘆かれてきたセミは、実は昆虫の中では非常に長寿であった。
ちょっとコワい。


セミの大きな鳴き声がコワい

さて、多くのセミはこの7月下旬から8月にかけて成虫となり、
公園や街路の木にとまって、たまに家屋の壁や網戸に張り付き、大音量で鳴く。

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(広島市ホームページ インターネット講座「セミ博士になろう!!」より。)

オスの彼らは、メスを魅了するために大きな声で鳴く。
発音筋を収縮させ、発音膜を振動させ、共鳴室で響かせることで爆音を実現させる。
この発音筋の収縮は、1秒間に約2万回も起こる。

1秒間に2万回とは。

かの有名な高橋名人も、魂をかけて1秒間にやっと16連射を生み出す。
ポケモンのカイリキーでさえ、腕が4本あってようやく2秒間に1000発のパンチだ。

異性にモテるために筋トレをしている男性は多いだろう。
かといって、
「1秒間に2万回腹筋してるよ」
と言われたら、こいつは脳まで筋肉になってしまったのかと思ってしまう。


ここから、セミの生殖に対する尋常ではないほどのエネルギーが想像される。
ちょっとコワい。

たとえば、関西の都市部にも生息するアブラゼミの成虫は、体長5~6cmである。
このアブラゼミの鳴き声の大きさは70~80dBで、高架下やパチンコ店内に相当するそうだ。

(参考:埼玉県深谷市 「騒音の大きさの目安」)

こんな小さな体から、上述の仕組みで大きな音を発生させる。
これほどの騒音を出すにもかかわらず、子ども達はセミを好んで捕まえる。
虫かごを提げて、虫取網を片手に、セミを求めて公園や森林を走り回る。


一度、同じマンションに住む男の子がこの装備をしていたので、
「どうしてセミを捕まえるの?」
と尋ねたことがある。

正確には、虫かごの中のセミの鳴き声がうるさすぎて聞こえなかったようだったので、二度質問した。

彼は
「だって捕まえたいもん。」
と答えた。

なるほど。
この男の子は、セミを捕まえて何かをする訳ではない。
セミを捕まえること自体が目的なのだ。

しかし、僕からすると、セミを手に入れた先には騒音しか生まれない。
男の子にとって、セミには魅力的な何かがあるのだろうか。
メスのセミのように、あの轟音に惹かれているのだろうか。

人間は、理解できないものに対して恐怖を覚える。
ちょっとコワい。

セミがコワくなったワケ

僕は虫が怖い。
特に飛ぶ虫は例外なく全て苦手だ。
「虫」とスマホで打とうとして予測変換に虫の絵文字が出てくる度に虫酸が走る。(この1文で3回死んでいる。)


虫が嫌いになったキッカケは、忘れもしない、セミのせいだ。
小学生低学年の夏休み、公園で自転車に乗る練習をしていた時だ。

両側に補助輪をつけて走ることに慣れ、この日は初めて右側の補助輪を外した状態で練習していた。
公園の外周にある整備された道を、ゆっくりと走る。

もう少しで、一周し終える。そんな時に災難が訪れる。


道路の右側の隅に、昆虫がひっくり返っているのが目に入る。
当時の僕は、セミの存在は鳴き声から知っていたが、実物をまじまじと眺めたことはなかった。

これがセミなのかな? もっと近づいてみよう。

慣れない自転車の速度を上げ、仰向けに寝る昆虫に近付く。
僕は、てっきり彼はもう死んでいると思っていたのだ。

セミのすぐ横に自転車をつけようとした。
その時、彼は突然じたばたと動き出し、大きな声で鳴き始めた。


死んでいると思っていた生物が動き出したのだ。ゾンビだ。
しかも爆音を伴って。タチの悪いゾンビだ。

僕はびっくりしてバランスを崩し、自転車ごと補助輪のない右側に倒れた。
倒れた先には、目の前でゾンビが大声で喚いている。


転倒した痛みと、セミに対する恐怖とで、幼い僕は泣いた。


この日から、僕は全ての虫が嫌いになった。
このせいで、小学校高学年まで自転車に乗れなかったのは、また別の話。



今でも、地面でお腹を見せるように転がったセミを見る度に、警戒してしまう。
あの悪夢のように、蘇るのではないか、と。